夜の記憶録

蒔田 つきあかり|2つ目の月が、夜の社交場を照らす

蒔田 つきあかり「2つ目の月が、夜の社交場を照らす」サムネイル画像

蒔田の夜には、月がふたつある。

ひとつは空に浮かぶ月。

もうひとつは、通りに静かに灯る「つきあかり」だ。

夜道に置かれた看板は、強く呼び込むというより、そっと道を示すようにそこにあった。

やわらかな黄色の灯りが、街の空気を少しだけやさしくしている。

その明かりに導かれるように扉を開けると、店の中には落ち着いたカウンターがまっすぐ伸びていた。

和酒処&song。

その言葉どおり、ここには酒と料理と歌が、無理なくひとつの夜におさまっている。

まずうれしいのは、お通しの温度だ。

小鉢がいくつか並ぶだけで、その夜の気持ちは少しほどける。

きんぴらや和えもの、やさしい味の一皿。

肩肘張らずに箸が伸びて、酒も自然に進んでいく。

蒔田 つきあかりの小鉢のお通しと一杯
ひと皿ごとに、この店のやさしさがにじむ。小鉢のお通しと一杯が並ぶだけで、カウンターの時間はもう十分に豊かになる。

そして、つきあかりの夜を印象づけるのが、玉子焼きと角煮だった。

皿の上に置かれた玉子焼きは、まるで満月のようにふっくらとしている。

角煮はよく味が染みていて、添えられた煮卵までしっかりと夜の深さをまとっていた。

派手さではなく、きちんと手がかけられていることが伝わる味。

こういう料理がある店では、グラスを持つ手つきまで少し穏やかになる。

蒔田 つきあかりの玉子焼きと角煮
満月のような玉子焼きと、じっくり味の染みた角煮。

酒の品書きにも、この店らしさがある。

焼酎やウイスキーだけでなく、日本酒の名が自然に並び、料理と一緒に楽しむ夜がよく似合う。

ただ飲むだけではなく、食べることも、話すことも、歌うことも、ひとつながりで味わえる店なのだと思う。

店にいるうち、隣の席との距離が少しずつやわらいでいく。

最初はそれぞれの時間を過ごしていたはずなのに、いつの間にか言葉を交わし、誰かの選んだ曲に耳を傾けている。

気づけば同じ歌を小さく口ずさみたくなる。

そんな空気が、この店にはある。

初めて来たはずなのに、どこか懐かしい。

それは、料理のやさしさかもしれないし、カウンターの落ち着きかもしれない。

あるいは、店の名のとおり、夜を照らす灯りのやわらかさなのかもしれない。

蒔田の夜では、二つ目の月が街を照らしている。

つきあかりは、誰かを急かさず、騒がせず、それでもちゃんと人を引き寄せる。

酒を片手にひと息つき、料理に舌鼓を打ち、歌の輪に少しだけ心を預ける。

そんな夜の社交場が、ここには静かに灯っていた。

夜の記憶録一覧へ戻る 夜を読むへ戻る